読みたいコト

読みたいこと リレーエッセイ 近くて遠い2時間半 佐久間宣行

text:Nobuyuki Sakuma
Illustration:Otoha Takenami

上野駅からスーパーひたちで2時間半。実家があるいわき市泉駅までは、たったそれだけなんだけどなかなか帰れない。学生時代はまだ年に2回は帰省していた。けど、テレビ局に就職してADになり、全く休みのない生活を送るようになると、それは一年に一度になり、ひどい年は一度も帰らないこともあった。

最悪だったのは、隣の茨城県で行われる夏フェスには毎年行っていたことだ。一度徹夜の編集明けでスーパーひたちに乗り夏フェスの会場であるひたちなか市に向かった際、ガッツリ寝過ごして泉駅に着いたことがある。ここから車で20分くらいで実家に帰れるのに、反対側のホームに走り、上りの電車に乗ってひたちなかに向かった。罪悪感が半端なかったけど、その頃は数少ない休みにストレスを発散しないとメンタルが潰れそうだったのだ。

帰るときにはいつも上野駅から母に電話をする。「3時のスーパーひたち」「わかったー」そのやりとりだけで、泉駅で母親が車で待っている。何度もバスかタクシーで自分で帰るよと言ったが、母は必ず迎えに来た。母が運転する軽自動車の助手席は身長184㎝あり不摂生で毎年太っていく僕には少し狭い。乗るときに窮屈そうにしていると毎回「ノブちゃんいい加減痩せなよー」と怒られる。そのくせ、実家に帰ると大量の手料理が待っているのだ。揚げものばっかりの。

東京に戻る日は早めに家を出て遠回りをして海を見ることが多かった。いわきの海は穏やかで、眺めているとどんどん心が緩んでくる。20代の頃は毎回まずい、と思った。なんとか東京で、テレビの世界でディレクターになれるかどうかの瀬戸際でやってるのに、緩んでどうする。いかんいかん。早く帰ろう。そして、また一年が過ぎていく。

20代後半になって結婚し、数年後妻が妊娠した。そのことを父と母に伝えたら狂喜乱舞して父は毎日「俺もじいちゃんになっちゃうよー」と周囲に言っていたらしい。けれど、父はその3ヶ月後に心筋梗塞で死んだ。55歳だった。

それからは毎年、お盆に家族で帰るようになった。相変わらず母は泉駅で軽自動車で待っている。そこに妻と娘と乗りこみ、まず父のお墓に向かう。ある年、たくさんお喋りするようになった3歳の娘が、父のお墓に向かって「じいじももうちょっと生きてればあたしに会えたのにねえ。うっかりさんだねえ」と話しかけた。「そうだねえ。うっかりさんだねえ」と母が笑いながら返した。いやマジでそうだぞ、と心のなかで僕も思った。話すと泣きそうだったからやめた。

娘は14歳になり、僕は45歳になった。コロナが明けたら、またいわきに帰ろう。数年ぶりに会うから、孫が大きくなりすぎてて、親父驚いちゃうんじゃないかな。

佐久間宣行/1975年、福島県生まれ。テレビ東京プロデューサーとして『ゴッドタン』など多くの人気番組を担当。ラジオパーソナリティとして『オールナイトニッポン0(ZERO)』に出演中。2021年3月末にテレビ東京を退社しフリーランス。