描きたいコト

日本各地、コトづくり旅 vol.4 1988 CAFE SHOZOへ

illustration&text:Amigos Koike

井戸端 茶の間 ヒメキンセンカ

1988年、菊池省三さんが那須・黒磯のアパートの2階を改装し創った店は、ドリップコーヒーの最初の1滴のように、小さなものだったはず。しかし、その後に続く1滴1滴が起こす波紋は静かに広まり、その徹底した美意識に惹かれた若者を日本中から引き寄せ、黒磯に1軒のコーヒー屋を中心としたクリエイティブな街が形成されるまでに至っています。

2008年、初めて〝SHOZO〟に触れたボクは、この美意識の場所に置かれる絵を描けていないことに気づき、花の絵を描き始めました。その後折々で「自分の仕事はちゃんと人の方を向けているのか」を確認するため、1杯のコーヒーを求めSHOZOに通うようになります。

今回も、東京で開催する花の絵の展覧会を前に、SHOZOに行ってみようと思ったのです。

黒磯は、関東と東北を繋ぐ風の通り道のような場所にあります。東京からの地図をたどって見ると、栃木市や宇都宮市という、まだ歩いたことのない街の名前。

群馬で生まれ育ち東京で暮らす自分は、これらの街を通過するたび、自分の肌に馴染んだ関東平野のものとはちょっと違う、光の美しさを感じていました。この際、心の距離を埋めてみようと、旅の途中で立ち寄ってみることにしました。

栃木

栃木市には、伝統的建造物群保存地区である嘉右衛門町に、東京の街の仲間であった天才シェフの加藤くんがはじめた〝cafe Bazzar〟があります。

「この店が出来てから、このエリアに若い人が集まるようになった」。そんな噂を耳にしてきたけど、やっと行けるぜ。ランチ楽しみ! え?定休日…。まあしょうがない。他の店も多くが定休日で、うん、静けさを楽しむには最高の日だぜ! と自分に言い聞かせ歩く。街はのんびりとしているけれど端正な表情で、クリエイティブなものが生まれる熱が静かにフツフツ沸いているように感じます。ここも黒磯のようになってゆくのではと思えることが、羨ましいぜ、栃木。

大きく湾曲し街を横切る巴波川の小さな流れに、のんびりと浮かぶカモの群れを眺めていると、高校生のカップルが橋を渡ってゆくのが見えます。そんな甘酸っぱい風景に出会うことで旅は満たされます。

飛び込みで入ったカフェ〝物華〟は、古い蔵をリノベーションした、静かでいられることが嬉しい場所。昼飯を逃したボクは、コーヒーと一緒にプリンも頼んでみると、全てをいただいた後の器の美しさよ。他のテーブルを見ると、同じメニューでもお客様に合わせて器を変えているみたい。こんな店があるなら、また来ます、栃木。

宇都宮

しかしハラヘッタなあ~。やはり初めましての宇都宮に移動し街を歩いていると、なにやら懐かしい風情の焼きそば屋。これは間違いないだろうと飛び込むと、お母さんが小学生の息子さんに焼きそばを食べさせていた。「これだよ、この感じ」とボクも小学生と同じ250円の焼きそばを注文。太麺とキャベツとソースだけの焼きそばは、心に染みる美味しさだった。

なんだか温かな気持ちになって歩く宇都宮は、群馬より湿度を感じさせる空気で、街を歩く人たちの足取りもちょっとだけユックリしているみたい。なにをするでもなく歩く夕暮れ時、駅前を流れる田川に映る夕日が切なく美しくてね。今、栃木から生まれる美味しいコーヒーや日本酒、もしくは人がどんなものに抱かれ育っているのか、ちょっと知れたように思いました。

黒磯

そして2年ぶりに黒磯へ。駅前に新しく建てられた〝那須塩原市図書館みるる〟はまるでSHOZOのような質感ではないか。SHOZOが生まれて30年ちょっと。街が新たな価値観に気がつき、街づくりに生かすまでに20年かかるとして、今はそれが街の確かな顔として機能しはじめた10年というイメージだろうか。

SHOZOのエリアに足を運べばSHOZOのまま「良きものを生み続け、身に余るものは削り落とす」、そんな営みの継続を、ひとつ息を吸うだけで感じられました。

働き者のスタッフと「やあ」と手を挙げお互いの元気を確認。新たに生まれたお惣菜屋〝chimaru〟でカレーを買うと、ものすごく幸せそうに麻婆豆腐を自慢するので、両方食べたよ。うん、幸せが体の一部になったぜ!

省三さんが5年前に「あのビルどうにかしてくれって頼まれてんだけっど、どうすっかなあ~」と語っていた3階建てのビルには、アクセサリーの〝つゆごもり〟とニット編みの〝ふんせつか〟が、それぞれアトリエを兼ねて、端正で美しい顔して入店していました。つゆごもりさんは「私のアクセサリーに合わせて壁の色を灰色に、2度塗り直しました」って。こういうことだよなあ。ボクは仕事に恋をするために、そして自分の作るものが恋心を失わぬようにとSHOZOに通っているんだ。

SHOZOの洋服屋、〝04 STORE〟でTシャツを1枚購入。湘南の葉山で作られているというTシャツが、栃木県の那須・黒磯で畳まれている。その一つひとつの作業が折り目正しく丁寧で、その手元がガラス窓から射す西日を浴びてキラキラ輝き、なにか神々しい儀式を見ているような気分になる。

ボクはただ1枚のTシャツを買おうとしているだけなんだけどね、目の前で起きていることから目が離せないでいる。畳まれたTシャツは質素な紙で、やはりまた折り目正しく包まれると、ボクの方にクルッと向きを変えられ、「お待たせしました」と差し出される。それはここでしか買えないもの。

ボクはこのTシャツを13年で7枚、この場所で買っている。

小池アミイゴ/イラストレーター。 書籍や雑誌、広告等の仕事に加え、クラムボンのアートワークなど音楽家との仕事多数。日本各地を巡り、地方発信のムーブメントをサポート。より小さな場所で唄を手渡すようなLIVEイベントや絵のワークショップを重ねる。