読みたいコト

読みたいこと リレーエッセイ ゆらゆらと北九州 山崎ナオコーラ

text:Nao-cola Yamazaki
Illustration:Ayako Kubo

北九州市は、海があり、川があり、城があり、のどかな雰囲気を漂わせつつも、実は結構な都会であり、おしゃれな街並みやおいしい食べ物屋さんもわんさかあるという、気持ちの良い土地だ。

祖父が八幡製鉄所で働いていて、戦争中に看護師をしていた祖母と結婚し、母が生まれた。母は北九州市で育ち、福岡に赴任してきた銀行員の父と結婚し、私が生まれたのだが、一歳になる前に父の埼玉への転勤があって引っ越した。

そんなわけで、私の生まれは北九州市なのだが、住んでいた記憶は残っていない。でも、子ども時代に何度も訪れた思い出深い土地だ。

祖父母の家が小倉北区にあって、夏休みや冬休み、実家を慕う母と共に毎年長期間遊びにいっていた。滞在中は、伯父が車に乗せてくれて、観光に出かけることもあった。

若松で海水浴をしたこと、河内貯水池で祖父と買い物をしたことなど、「お出かけ」の思い出がたくさんある。紫川沿いの散歩、スーパーマーケットへの買い物、近所の公園など、なんてことのない日常風景も色こく頭に残っている。

菅原神社という、菅原道真を祀っている神社もある。母の旧姓は「梅原」というのだが、京都から左遷された菅原道真の子孫がここで繁栄して菅原姓が増え過ぎ、分家したときに、「東風吹かばにほひおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ」という、道真が京都の梅を想って詠んだ歌にちなんで「梅原」になったらしい。このエピソードは母から聞いただけの話なので、眉唾な気もするが、なんとなくロマンティックに思えて気に入っている。

小倉城はスッキリしたお城だ。再建されたもので、本来の姿とは少し異なるらしいが、凛々しく、爽やかに建っている。

小倉城の近くには、北九州市立文学館がある。数年前、その文学館のイベントに呼んでもらい、同じく北九州市生まれのリリー・フランキーさんと対談をした。

それは私の子どもがまだ0歳の折で、東京に住んでいる私には子連れ旅行が大変に感じられ、母に同行を頼んだ。祖父母が亡くなってから足が遠のいていた私は、母と北九州に行くのは十五年ぶりぐらいだった。

イベントが終わると、母と私と赤ん坊は、小倉城や、リバーウォーク北九州という大型複合商業施設を散歩して、「北九州は、随分とおしゃれになったなあ」と驚いた。

小倉駅の近くには、旦過市場がある。歴史を感じさせる、賑やかで親しみやすい商店街だ。母は小倉高校に通っていた頃、放課後に旦過市場でうどんを友だちとよく食べたそうだ。母の高校時代は五十年も前で霞の中だが、母は「ここじゃないかなあ」と指で示した。その店に入り、ベビーカーをテーブル脇に置かせてもらい、二人でうどんを食べる。母の記憶がおぼろげなのか、お店の人に質問してもはっきりせず、本当にこの店なのか、確信は得られなかったが、妙に楽しく、そしておいしかった。

私の心には紫川の流れのような北九州がいつもゆらゆらとある。いつかまた母と再訪したい。

山崎ナオコーラ/1978年、福岡県生まれ。2004年、『人のセックスを笑うな』で第41回文藝賞を受賞し、作家活動を開始。 主な著書に小説『浮世でランチ』『偽姉妹』、エッセイ集『指先からソーダ』などがある。