描きたいコト

日本各地、コトづくり旅

illustration&text:Amigos Koike

「やぎくん、天草行ってみない?」「いいですね~」

大分の国東半島から熊本の天草へ、軽い会話から始めた旅です。

天草では子どもたちと一緒に、商店街のシャッターに絵を描きます。

自然豊かで心温かな人々が暮らす天草も、若者が流出し繁華街が寂しくなってしまっています。陶石の産地として焼き物が盛んで、最近ではものづくりの拠点にと移住する人が増えているけれど、豊かな自然やキリシタン文化について語られるほど「ものづくり天草」が聞こえてこないのがもったいなくてね、ボクは市役所の若手職員チームと共に、子どもたちを対象にしたワークショップを開催してきました。子どもたちが心も体も振り切って絵を描いた楽しい記憶が、将来の天草へのUターンのモチベーションになるようにと。

山香

旅を共にする八木良介くんは、東京から国東半島の山香町に移住し、LIFTの名で古い木材を生かしたものづくりをしている人。

山香町には、ヨーロッパの中世・ルネサンス期の古楽器の復元研究製作をしている〝カテリーナ古楽器研究所〟があります。松本公博氏が楽器製作に適した木を求め家族と共に東京から、田んぼに囲まれた森の中に建つ築160年の古民家に越してきたのが1991年。以来、木を育て楽器を製作し、生きるに足る米や野菜を育て、生活に必要な音楽を奏で、家族の服はお母さんが作る、そんな暮らしを続けてきました。

出会いは2008年夏。松本家の兄妹ユニット〝baobab〟のライブです。大分から渋谷まで日本各地で演奏を重ねやって来た松本未來くん26歳と舞香さん23歳。アイリッシュをベースとしたギターと、フィドルと歌で綴られる音楽を聴いてビックリ! 『生まれてから今この瞬間までの時間だけが鳴っている』音楽に出会ったのは初めて。この美しさはどんな場所から生まれるのだろう? 1ヶ月後には彼らの家に押しかけると、その暮らしぶりや彼らが作る美しい楽器の数々に感激。東京に戻り「やぎくん、すごい人たちに会ったよ!」「一緒に大分に行ってみない?」と誘ったことをきっかけに、やぎくんは山香の人となりました。古民家を探し、ものづくりの拠点となるLIFTへと再生。松本家と共に地域のクリエイティブな核となり、舞香さんと結婚し、今やお父さんです。

残念ながら、公博さんは3年前に亡くなってしまったのだけど、この森ではクリエイティブな若木がぐんぐんと育っているのです。

カテリーナのみんなと再会の喜びの晩餐から明けて、熊本市内で開催されるアパレルブランド〝Ecru e t pousse〟設立10周年の記念ライブにbaobabが出演。ボクとやぎくんは気まぐれ旅で後を追います。

熊本

熊本市の郊外に移転したカレー職人・小林東子さんのお店〝イクイップメントフロア〟では、さらに磨き上げられた絶品カレーをいただき、街の美しきランドマーク〝長崎次郎書店〟では、ボクの新作絵本の原画展の相談をして、キレッキレにセレクトされた本が並ぶ〝橙書店〟の店主・田尻久子さんとは、小瓶のビールが日本一美味しく飲めるカウンターでお互いの健在を確認。築140年の早川倉庫を舞台に感謝が綴られたbaobabのライブに立ち会い、この日の宿は、熊本地震のチャリティーで出会った伊藤さんの実家をリノベしたピッカピカのゲストハウス〝ⅡoⅢ〟(ニオーサン)。それぞれユルさと良質がせめぎ合う熊本クオリティを浴び、天草へ。

天草

有明海の向こうに雲仙島原を仰ぎ、景勝地の天草五橋を抜け進む道中では、日常の緊張がスルスルと抜けてゆきます。そうしてたどり着く天草は、こんこんと湧き出る人肌の湯に人生というものを浮かべておけるような場所。

天草の海も山も知る子どもたちの筆から溢れる色彩は、天草の豊かさそのものであり、未来の可能性でもあります。そんな豊かさを東京の物差しで計ることは避け、大分の森で育つ若木のようなやぎくんが感じるものを知りたいと思いました。

ボクが子どもたちと絵を描いている間、やぎくんは天草焼きの窯元を何件も巡ったりして、夜には最高の寿司が食える〝奴寿司〟のカウンターで「天草どう?」「いやサイコーっすね!」などと語り、「でも俺ならこうするかなあ」「うん、わかる」なんて話をとめどもなく。

旅の終わり、天草陶石を使った美しい〝天草ボタン〟を制作する作家、井上ゆみさんのアトリエにお邪魔すると、ものをつくる者同士すぐに意気投合。築30年のアトリエのリノベについて話は尽きず。「今度大分で会おう!」だって。

帰り道、やぎくんが公博さんが語った木の話を始める。 「楽器の材料になる木は伐採してから50年は乾燥させて使うんだ」「今俺がやっていることは息子や孫の代に楽器になるんだ」

今回の旅からなにか生まれるだろうか?なにかが生まれるにしても、それが一人前に育つ頃、ボクはもうこの世にはいないかもしれない。でもまあいいや。

小池アミイゴ/イラストレーター。 書籍や雑誌、広告等の仕事に加え、クラムボンのアートワークなど音楽家との仕事多数。日本各地を巡り、地方発信のムーブメントをサポート。より小さな場所で唄を手渡すようなLIVEイベントや絵のワークショップを重ねる。