描きたいコト

日本各地、コトづくり旅

illustration&text:Amigos Koike
edit:Chihiro Kurimoto

みずぎわのブルース

那智勝浦に行ってみようと考えた。それは代々木上原で濱口祐自さんのブルースに出会ったからだ。那智勝浦に暮らすギタリストが奏でる〝フィンガーピッキングのブルース〟に、『ひたひたと寄せる波』などというブルースらしからぬ風景を見てしまったボクは、この音楽が生まれた場所を見たいと思ったのだ。

濱口祐二アルバム「フロム・カツウラ」

地図を眺めると、和歌山県那智勝浦は名古屋から真っすぐ南西へ、太平洋に飛び込む勢いで下った先にある。途中に四日市や伊勢の名。旅の行程は迷うことなく決まる。

四日市には1976年に開業した〝メリーゴーランド〟という子どもの本の専門店があり、店主増田さんの志のもと、絵画教室や各種ワークショップ、少林寺拳法教室まで、気持ち良いスタッフの自主性で運営されている、子どもにとって宝箱のような店。その中のひとり〝ペンギンさん〟はギター弾きで昆虫博士。ボクが「行くよ」って声をかけたら、友人のモモコとディープ四日市を案内してくれることになった。

高度経済成長期の日本をグイングインと加速させてきた四日市も、今はあっけらかんとした顔の町だ。

黄昏れた曇り空の下、街に富をもたらしてきた巨大なコンビナートと鈴鹿川、伊勢の海との間に立つと、工場からの低音と潮風の気まぐれな旋律が交わり、この街ならではのブルースが「ドット、ドット、ドッ」と鳴り始めた。

働くオヤジたちがビールで流し込んできた、絶品手羽先の甘塩っぱい癒し。老舗音楽バーのカウンターに踊る、タフだけど底抜けに優しい音楽たち。本屋の女の子たちと交わす「またね」の言葉。ペンギンさんに「伊勢に行ったらカップジュビーのカレーを食べて」と告げられたボクは、「デトロイト・ヨッカイチ・シティ」と名付けた勝手なブルースを鼻歌に、南へ。

初めての伊勢を歩く。気になる脇道に誘われてみると、過去に遊郭が立ち並んでいた〝古市〟と呼ばれる街道だった。聖と俗が交差し連なる曲がりくねった路を歩けば、心は色っぽく染まってゆく。その昔、人はなぜ長い距離を歩いてまでお伊勢さんを目指したのかを足の裏から知る。伊勢神宮内宮を流れる五十鈴川が色っぽくてね、次の日の朝、自転車を借りて河口から伊勢神宮まで遡ってみることにした。

「きもちいい!」河口でこぼれた自然な言葉。伊勢神宮内宮では神秘の水が、河口ではおおらかな顔で陽の昇る海に向かって注いでいる。朝の太陽を背に伊勢神宮内宮まで10㎞、神宮がこの土地に置かれた意味を想像しながら、五十鈴川に沿って広がる田んぼの風景をかき分けて駆ける気持ち良さ!

おはらい町にあるカフェ〝カップジュビー〟。カレーやコーヒーはもちろん、BGMの一曲一曲にも店主さんの愛を感じる店だ。ペンギンさんの紹介で来たと告げたら、ご自身のアルバムだというCDを頂いた。

「え!?」ボクの鼻歌定番曲のひとつ「こい・コーヒー」の作者、外村伸二さんですか?

恋ってのはコーヒーのようだ。新しいものは良い香りがして、古いものは君の胃を痛めつける。「こい・コーヒー」は、そんな唄。心のターンテーブルの上で旅のBGMが入れ替わる。

カップジュビーを後に自転車を走らせると、土砂降り雨。

薄いコーヒーは君を悲しくさせ、濃すぎるコーヒーは君を眠らせちゃくれないだって。

外村さんに寄り添うようにお店に立つ女性の姿を思い返すと、雨に濡れていることも嬉しくて仕方ない。コーヒーもカレーも、美味しかったよ〜。また来るぜ! 伊勢。

旅は恋の火照りのようなものを抱き、南西へ。

熊野の山のムッとする緑と太平洋の碧い香りに挟まれ、外村さんのブルースの「トッ、トッ、トッ、トッ」と繰り返す歩幅でたどり着いた那智勝浦。夕暮れ近くの港町をわざと迷いながら歩いてみる。

漁港に着くと、空色の絵の具をたっぷりの水で溶きサッと塗ったような水面に波がひたひた。ああ、濱口さんの音楽だ。

「こい・コーヒー」が勝浦の波間に紛れて消え、濱口さんのブルースが鳴り始める。

1缶のビール。マジックアワーが世界を支配する。濱口さんのギターのタフで華やかで優しくて哀しさ、熊野と太平洋の隙間に置かれたこの地のデザインと、海に生きる人の営みから放り出される色彩。旅を通して出会ったブルースも一気に吹き出し、しかし、すぐに「無音」という音楽が心に広がる。

ボクは何を描けば良いのだろう?そんな考えも波間に投げ込んでしまう。何もかも波に返してしまったつもりで、一つでもなにか手元に残っていたら、人はそれを唄に絵にして生きてゆけばいいのだろう。

初めての勝浦。ボクは濱口さんに会うことはせず、しかし言葉にならぬ美しさを手に、東京へ。

小池アミイゴ/イラストレーター。書籍や雑誌、広告等の仕事に加え、クラムボンのアートワークなど音楽家との仕事多数。日本各地を巡り、地方発信のムーブメントをサポート。より小さな場所で唄を手渡すようなLIVEイベントや絵のワークショップを重ねる。