描きたいコト

日本各地、コトづくり旅 vol.6 神山パラレル

illustration&text:Amigos Koike

神山パラレル

直島

「直島の子どもたちにアートスクールを開いてくれないか」という依頼が届く。ともかく打ち合わせをしなくちゃねと、東京から瀬戸内のアートの島へ。岡山の宇野港からフェリーで20分。「はじめまして」の直島に立つと、ここが特別な場所であることを肌で感じる。

直島には日本の発展を100年にわたって牽引してきた製錬所がある。しかしそのことは島が自然を失うことにも繋がる。そうしてハゲ山になった直島に「木を植える人」が現れ、アートを手段とし、人と自然の共生を目指したのが30年以上前のこと。時を経て訪れたボクはそんな人々の意思がデザインへと昇華し、清廉な空気のように島を包んでいることに「特別」を感じたみたいだ。

直島の子どもたちに必要なことを確認し、大切なものを手渡された思いが高まると、今行っておきたいまち、徳島県の神山町が思い浮かんだ。

高松

思い浮かんでしまったのだからしょうがないと、フェリーで50分の高松へ。やはり「はじめまして」のまちは思いがけず大きく、迷うように歩いていると土砂降りの雨が。ボクの身体に纏わりついている東京的なものが流されてしまうと、それが四国的ものなのか高松的なものなのかわからないが、なんとも色気のある空気に馴染んでいる自分を見つける。

 

土砂降りは続き、ボクは徳島市へ。さらに吉野川を遡り、山をかき分け50分。直島と同じくスッと空気が変わったなと感じたら神山町。雨も上がった。

神山

人口5000人弱のこのまちに、3年前に移住した編集者の高瀬さんと、珈琲の焙煎家である豆ちよさんが笑顔で迎えてくれる。東京ではファイティングポーズを見せあってきたボクたちが、初めて交換する朗らかな表情。

豆ちよさんの小6の娘さんも加わり雨上がりのまちを歩く。視線を巡らせると、まちをぐるっと囲む山の稜線と雨を降らせていた雲の柔らかな構図が優しい。

 

ランチに「神山らしい場所」をお願いしたら「かま屋にしよう」って。ボクは寂れた小さな食堂を想像するが、実際は元縫製工場を利用し、広々としたセントラルキッチンを有する店で、運営のフード・ハブ・プロジェクトは「地産地食」から地域づくりにもコミットし……、いや理屈は食べたあとでいいや。本日のランチ・つなぐ農園ミックス冬野菜サラダ・ほうれん草スープ・里山の会バターナッツ天ぷら・阿波ノ北方農園釜炊き落花生ご飯・すだち鶏グリルチキン。コーヒーは豆ちよ。平日の昼間に山間の小さなまちの1850円のランチを求め集う人々は、やはりみんな朗らかな顔で、でも何やら地域づくりの話などを熱く語っている。併設された天然酵母パンの〝かまパン〟は、ボクが暮らす代々木のまちの誇り、ルヴァンの甲田さんから監修を受けたそうだ。

豆ちよさんは東日本大震災をきっかけに、ご家族と千葉から神山に移住。その直後に珈琲のハンドドリップを始め、2018年に紹介された空き家で焙煎所を起こす。珈琲豆は神山では「地産」できぬものだけど、それを「外もの」である豆ちよさんが、自身を神山にフィットさせるように丁寧に焙煎している。そんな神山の珈琲に朗らかなおいしさを感じるボク。

この日の宿は〝WEEK神山〟。木造でミニマムな造りの部屋の一面はガラス張りで、目の前を流れる鮎喰川の風景も空間の一部として取り入れている。「神山でゆっくり仕事すること」を目的につくられた場所のスタッフは、仕事始めに河原から石を拾い、昔からまちを支えてきた石垣を修繕することが日課なんだって。

神山町では30年ほど前に「グリーンバレー構想」が、アメリカのシリコンバレーを引用し想起された。まちが持続可能であり続けるため「アーティス・イン・レジデンス」を実践。世界中のアーティストを迎え入れることで、まちで英語が飛び交うことが日常になる。次いで町内全域に光ファイバーを張り巡らせ、大都市の企業のサテライトオフィスを呼び込む。まちが人を迎え入れることが当たり前になると、珈琲豆を焙煎するような人が移住を始め、それは今も静かに進んでいる。神山とは、焙煎される珈琲豆が「はぜる」音に耳を澄ませるように、まちに集う人の声を聞き、まちのデザインを更新し続ける場所なんだろう。

まちの仕事を編集スキルで請け負う高瀬さんが「これからやりたいこと」を熱っぽく語る。それを聞くボクは、息のしやすい神山の空気に心を揉みほぐされながらも、東京の代々木で仕事しているのと変わらぬ振る舞いでいることに気付く。ボクが神山にいるのは、とても自然なことなんだ。

ならばもっと神山を知りたいなと、まちのシンボルである「雨乞の滝」へ、3㎞の道をひとり歩いてみる。鮎喰川の支流に沿って連なる段々畑の立派な石垣は、この土地を愛してきた人々の執念を感じる厳かな美しさだ。それが森に入ると一転、人を拒むように渓谷は深く道は険しくなる。ボクは吹き出す汗を拭いながら、神山や直島で30年かけて行われてきたこと、自分の30年、もしくは「神山で暮らすこと」を交差させ考えている。雨乞の滝に着くとふたつの滝の音は不思議と静かで、ボクは色々と考えることを止める。汗が冷えて身震いをひとつ。

するとボクは早く東京に戻り、この旅で出会ったことをまちの仲間に伝えたいと思い始めている。

小池アミイゴ/イラストレーター。 書籍や雑誌、広告等の仕事に加え、クラムボンのアートワークなど音楽家との仕事多数。日本各地を巡り、地方発信のムーブメントをサポート。より小さな場所で唄を手渡すようなLIVEイベントや絵のワークショップを重ねる。2022年、『はるのひ:Koto and his father』(徳間書店)にて第27回日本絵本賞を受賞。