ダイハツの軽自動車のように、地域に根ざしたひとの暮らしを豊かにしているキーパーソンを、フリーアナウンサーの堀井美香さんが訪ねるこの企画。今回は長野県諏訪市へ。
「世の中に見捨てられたものに価値を見出し、次の世代につないでいく」という理念のもと、古材の回収・販売を軸に、店舗デザインから開業、運営までを伴走する取り組みを続ける東野華南子さんに話を伺います。
捨てられるはずの古材に
あらたな価値を見出す
「初めて古い建物の壁を壊したとき、土壁がポロポロ落ちて竹小舞と呼ばれる骨組が出てきました。それを見た瞬間、思ったんです。『社会はつくり直せるんだ!』って」
――一見すると、突拍子もない飛躍。しかしその階段を軽やかに飛び越え、湧き出るアイデアを世の中に還元しつづけているのが長野県諏訪市の「リビセン」代表、東野華南子さんだ。
2016年、華南子さんはデザイナーである夫の唯史さんとともにReBuilding Center JAPAN、通称「リビセン」を立ち上げた。解体される建物の大家さんから連絡を受け、古材や古道具を「レスキュー」。それを販売したり、店舗としてリノベーションする空き家に再利用したりすることで、ただ捨てられるはずだった古きものにあらたな価値を見出している。
リビセンの本拠地は、室町時代から集落として存在していたエリアに佇む3階建てのビル。千平米にもおよぶ売り場には、床板として使われていた大きな古材からたんすなどの古道具、食器や雑貨、古材を使ったとは思えぬピカピカのリプロダクト品などが生き生きと、そして隙間なく並んでいる。1階に併設されているカフェのテーブルや椅子もすべてレスキューしてきたもので、販売品でもあるのだそう。
(上)店舗には日々レスキューされた古材が運び込まれる。(中)購入した古材は店内で自ら加工することもできる。(下)各商品には“レスキューナンバー”が記載されており、どこでどんな風に使われていたのかが分かる。
(上)丸平精良軒総本店の5代目店主・河西邦彦さん。リビセンのスタッフの中には、「次の世代へ受け継いでいきたい」と、弟子入りを志願する人もいる。(下)お子さんや地元の話題で盛りあがって話しがとまらなくなるおふたり。
諏訪に根を張って10年
地元の人と移住者と街に生きる
リビセン立ち上げ時に実施したクラウドファンディング(以下、クラファン)では、ここのドリンクチケットもリターンのひとつだった。当時、ひそかにそのリターンを選び「応援」してくれていたのが、リビセンを右に出て1本目の角を左に曲がった筋に和菓子店を構える河西邦彦さん。130年の伝統を誇る「鳥ぱん」が名物で、創業170年を超える老舗「丸平精良軒総本店」の5代目店主だ。
大学は東京に出たものの、80年超の人生のほとんどを諏訪で過ごしている河西さん。なにやら近所にできると聞き、パソコンで検索したところクラファン実施中であることを知ったそう。
「カフェにペチカ(ロシア発祥の暖房装置)をつくる資金にもしたいと書いてあって、それならとサポートしたわけです。諏訪の冬は、厳しいですから」
今年、リビセンが諏訪に根を張って10年目になる。河西さんから見て、街にはどのような変化があったのだろうか。「人の往来が増えましたね。空き家をきれいにしたお店も増えたし、たった数年で街の景色が変わった。こうして外から来た若い人が、諏訪のために知恵を絞ってくれるのがうれしいです」
河西さんがひとつずつ手で形づくる愛らしい鳥ぱんは、リビセンでも取扱中。大切な看板商品を託せる華南子さんは、きっと「街の仲間」なのだろう。
反対に、リビセンを左に出て3分ほど歩くと見えてくるのが古書店「言事堂」。以前は沖縄で古書店を営んでいた宮城未来さんが、華南子さんのSNSに記された「諏訪にも本屋がほしい」の一文をたまたま目にして連絡を入れたのが縁の始まりだ。
沖縄から諏訪へと移住した未来さんは、リビセンのサポートを受け2023年1月に店を開いた。しばらく書店空白地帯だったこともあり、オープン日には地元の方がずらりと並んだそう。
「諏訪は歴史ある土地。地誌も掘りがいがあり、古書を扱う者としても魅力的な土地です。沖縄は湿度が高くカビが大変でしたが、それもないので(笑)」
未来さんにとって華南子さんはどんな存在か聞くと、少し考えて「円陣を組んでいる感覚」だと話してくれた。
「経営のことを気軽に相談できるし、古本に対する視野も広がった。おかげで、行き詰まらずに店を営めています」
実は華南子さんのお子さんが2歳の頃、仕事に忙殺された唯史さんが一人で暮らし、代わりに未来さんが一緒に住んだ時期もある。「久々の子育ては、ただただ楽しかった」と未来さんは言うが、これも「円陣」のひとつだろう。
言事堂のようにリビセンが開業をサポートした店は徒歩圏内に10を超え、華南子さんはそのすべてに伴走した。たとえば空き家の四軒長屋をリノベーションした複合施設「ポータリー」には、リビセンの面接に来た女性が開いた店がある。35歳までにカフェを開きたいと聞き、その場で「今やるべき!」と内見に連れていった。
「こう言うとエゴみたいですが、私自身がこの街にあってほしいと思うお店をつくっています。私利私欲をパブリックなよろこびに変えていきたい」
もちろん、むやみに開業を推し進めるわけではない。リビセンは、店舗のデザインだけでなく開業の相談から物件選び、融資の支援などワンストップで行うのが大きな特徴。事前に必ず事業計画書や収支計画書を見せてもらい、多角的に、かつ本気でアドバイスしていく。これは、設計を担う会社としては異色の関わり方だ。
「私たちの売り上げにはなるけど、無責任にお店を増やしたくはないです。長く幸せに暮らす人を増やしたいから」
こうした活動をしていると「リビセン経済圏」ができそうだが、華南子さんは「内と外を分けることになるコミュニティという言葉があまり好きではない」と言う。「街に光の当たらない人がいないようにしたい」と。聞けば華南子さん、子ども時代の海外暮らしで「よそ者」のさみしさを経験したのだそう。疎外される痛みを知るからこそ、彼女はどこまでもオープンなのだ。
(上)「鳥ぱん」は約130年にわたって販売されている諏訪の銘菓。諏訪湖に舞い降りる鳥たちの姿から着想を得た。(下)「せっかく来てくれたから、一羽もっていきな!」と、鳥ぱんをおすそ分けしてくれる店主の河西さん。
(上)言事堂では展覧会や朗読会、読書会などのイベントが不定期で開催されている。 (中)古書は買い付けに出ることもあれば、地元の人がふらりと持ち込み、その場で買い取ることもある。(下)所狭しと本が並ぶ店内は、思いがけない一冊に出会える宝島のような空間。
(上)生花店「olde.」の静謐な空間もリビセンの手によるもの。(中左)リビセン主催の複合施設「ポータリー」にはヴィーガンフード店や麻婆豆腐店など個性的なテナントが集う。(中右)「Hoppe」が提供するオランダのお菓子・ポッフェルチェス。
ものづくりすることは
心づよく生きること
今後の目標は、ものづくりする人を諏訪に増やすこと。華南子さんが初めて壁を壊したときに感じたのは、誰かがつくったものは自分の手でつくり直すことができるんだ、という圧倒的な心づよさだったという。
「壁も世界も、絶対的なものじゃないってわかったんです」
家具も、人生も、社会だって。壁を土と竹に分けるように因数分解すれば自分で変えられるという感覚は、人間に生きる力を与える。材木にたった一回やすりをかける経験が、楽しくたくましく生きるきっかけになり得るのだ。
もうひとつ心を燃やすのは、子どもの居場所づくり。街全体でどう育てていくか、どんな施設があればいいかと構想中だそう。目指すは、どの店や施設に子どもがいても違和感のない「街全体が学童クラブみたいな場」だ。
まったく角度の違う挑戦だが、どこまでも自然体。それは、変革者やリーダーとしてではなく「よき媒介者」として社会に貢献していく彼女のスタイルによるものだ。人、店、街――「ここがつながればいいのに」の感覚に従いながら楽しげに奔走し、いい循環を生み出したらまた次へ。諏訪から感じる明るく力強いエネルギーは、媒介者が起こしつづける化学変化と、その循環のおかげかもしれない。
(左)諏訪の町を見晴らすことができる立石公園。ここからの景色は映画『君の名は。』のモデルにもなっており、多くの観光客が訪れる。(右)上諏訪の街にある魅力的な店の多くは、リビセンから徒歩5分程度で巡ることができる。
堀井美香/1972年生まれ。95年から勤めたTBSを2022年3月に退社したのち、現在はフリーランスアナウンサーとして活動中。ジェーン・スーさんとの大人気ポッドキャスト『OVER THE SUN』を配信している。秋田県出身。
かなこさんは、古道具を集めて、好きな人を集めて、上諏訪の街に住み始めた。
家や、街や、人。いろんなものをレスキューし、鮮やかに魔法をかける。大好きだよ。最高。まっすぐ想いを伝えながら、小さな街に軽やかな足音を響かせる。かなこさんがオープンを手伝った本屋さんの言事堂。中に入るとびょうびょうたる本の森。深い森のその中に一冊の本がひょっこり顔を出した。近くの町出身、太田二郎さんの『よきお隣さん〜散歩堂の精霊たち〜』。ほんと、かなこさんってよきお隣さん、そう、この本に出てくる妖精みたいに。木を守るギリードゥーか家事手伝いのポーチュンか。でも幻想でも自然現象でもない。かなこさんは上諏訪の日常にちゃんと生きている。子どもにとって境界線のない街を作りたい、この街から世界を変えたい、みんなの目に見える物語を確実に紡いでいく。それは、妖精よりずっと強く逞しく優しい、かなこさんにしかできない魔法なのだ。