描きたいコト

日本各地、コトづくり旅 vol.8 街のとうだい

illustration&text:Amigos Koike

街のとうだい

ある日、見知らぬ住所から手紙が届きました。「愛知県春日井市の古本屋かえりみち」——古本屋? 女性であろう名前の差出人は、ボクが作画を担当した絵本『とうだい』の原画展を、古本屋に併設されたギャラリーで開催したいとのこと。自身の経験と『とうだい』という絵本の魅力を丁寧にシンクロさせて語るその文面は、差出人が積み重ねた人生の熱が伝わってくるものだったので、ボクはこの手紙を書いた人に会ってみたいと思い、すぐに「開催します」とメールで返信。するとその返信がまた気持ちよくてね。

春日井市 勝川

手紙を手にしてから半年、展覧会開催のため春日井に向かったのは5月。古本屋"かえりみち"はJ R勝川駅から弘法通り商店街に入り5分、築90年ほどの古民家"TANEYA"にありました。1階は開店から18年のカフェ"百時"、2階はフラワーセラピーの"なごみの華"と"かえりみち"。

「はじめまして」と店主の池田望未さん。あれ? こんなに若いんだ! 手紙から想像したのは、人生経験を重ねてこられた40〜50代の女性。しかし目の前にいるのは28歳の女性。さらに「こんにちは」と現れたのはパートナーの育望さん。こちらはシュッとしてハンサムな31歳。あれあれ、なんだか面白いぞ。

展覧会の準備をしながらこの本屋の成り立ちを尋ねると、そうか、ふたりは挫折や深く悩むことを経験し、「だれもが"ひとり"にかえる場所」が必要だと思い、"かえりみち"という場所を作ったんだね。そしてふたりが必要だと思う場所が「続いてゆく」ためには、古本屋であることが必然だった。ふたりが選んだ本の並ぶ空間は、ふたりが生きてきた時が呼吸しているようで、ボクは時たま気持ちをヒリッとさせながらも、子どもの頃に入り浸った図書室のような居心地の良さを感じている。望未さんは選書の通販「ほんのこづつみ」に取り組んでいて、それは「あなたの希望に合わせて本を選び、作品の紹介やちょっとしたエピソードを綴った手紙を添えて送る」というもの。なるほど、ボクが手にした手紙が「人を感じる手紙」だったのは、そういうことなんだ。でもこの作業は楽じゃないよね。しかもこの取り組みがテレビで紹介された直後ということで、注文が殺到しているんだって。望未さんは自身を語りながらも他の人の人生に想いを巡らせているのだろう、時たまフワッとした表情を見せる。それを笑顔で見守る育望さん。「お金なくてよく喧嘩した」って言ってたけど、若いっていいなー! ボクはこの場所にどんどんと自分を馴染ませている。『とうだい』という絵本は、灯台が空を飛ぶ渡り鳥に憧れるも、ただ光るだけで動けないことを嘆く。しかし、ある嵐の夜に船を救うことで、自分がそこに立っていることを誇りに思えたという物語。ふたりは"かえりみち"が「とうだい」であることを願い、ボクに手紙をくれ、ボクたちはささやかな展覧会を創った。その展覧会に足を運んでくださった方々と"かえりみち"のふたりとの会話が、さらに展覧会を育てる美しき時。

「またね」と別れて、半年後の年末。この1年間を振り返り、ボクはあのふたりにもう一度会っておかなきゃと、"かえりみち"に着く。

千種区 覚王寺

その途中で、名古屋の覚王寺にある子どもの本の専門店、"メルヘンハウス"へ。2代目の店主・三輪丈太郎くんは、ボクが絵と生き方を学んだセツモード・セミナーの後輩で、元パンクロッカー。日本で初めての子どもの本の専門店を継いで、しかし時代の波に揉まれ、紆余曲折を経て今の場所で、彼ひとりでできる限りの本屋を再開させた。そんな彼は毎朝インスタライブで絵本のことを発信しているのだけど、その初回に『とうだい』を紹介してくれたのが嬉しくてね、今回「俺も出演させて!」とお願い。反骨と美意識を共有する者同士、楽しく語り合ったなあ〜。すると「インスタ見ました」って人が次から次へと足を運んでくれて、絵本や子どもたちのことを語り合う。丈太郎くんが「たいへんです」と語る本屋経営も、彼がそこに居てくれなきゃ困る人は確かにいるんだ。丈太郎くんが小さな本屋に与えた「人が会話できる大きな余白」、それは子どものための絵本が本来あるべき姿そのものなんだよね。丈太郎くん、また元気で会おう!

古本屋 かえりみち

「ただいま!」と"かえりみち"に着くと、望未さん、なんかスッキリした顔をしているね。「ほんのこづつみ」には600件もの応募があって、年内中にあと100件送付できたら次回の応募に移るって。それは想像を絶する仕事じゃない? 「俺のことはいいから、手紙を書き続けて」と伝えるも、近況報告と共に「今できることをできる範囲でやっている」って語りかけてくる。その日彼女がお客様と交わす会話を眺めていると、そこには確かな熱が宿っていて、それはボクに届けられた手紙に込められたものと同質のものだ。彼女は、人を思い、本を選び、手紙を書くことで、生きてきた時間以上の人生経験を得て、なんだかいい顔になっちゃってる? 閉店後、飲みにいこうかって1階に降りると、"百時"の店主の素美さんが望未さんに何か話をしている。「カフェを始めたら大変なことばかりだったけど、やめる理由がなかったからね、だったらやり続けようって18年もやってきちゃった」と。それは「百人が百通りの時を過ごせるカフェ」を始めた人が精一杯の灯してきた明かりでもって、「ひとりに帰れる本屋」を始めた人が進むべき方を指差しているように思えたよ。素美さんが「これがあったからやってこれた」と言って手渡してくれた、自慢のチーズケーキ、ズシリと重かったぜ。

"かえりみち"の帰り道、友人が始めた居酒屋へ。そこで何を話したかな? 今日交換したものがあまりにも温かくてね、酔いがいつも以上に早くて、明日大変だなー! なんて。いや、これからもずっと大変なのはわかってる。でもボクらはとても豊かな気持ちで、とめどもなく語り続けたのです。

小池アミイゴ/イラストレーター。 書籍や雑誌、広告等の仕事に加え、クラムボンのアートワークなど音楽家との仕事多数。日本各地を巡り、地方発信のムーブメントをサポート。より小さな場所で唄を手渡すようなLIVEイベントや絵のワークショップを重ねる。2022年、『はるのひ:Koto and his father』(徳間書店)にて第27回日本絵本賞を受賞。